2013年2月12日火曜日

舞鶴引揚記念館#6



 シベリアの気温・・・・マイナス30~40度で風速が10mあれば体感温度はさらにマイナス10度・・・・・


 ちなみにヘビーゾーン用のB-3フライトジャケットで耐寒マイナス10~30度。。。。。。

 http://homepage3.nifty.com/moomingpapa/Damoi/siberia1.htm


 こんな装備じゃ凍傷にもなるわ。。。。。。



 継ぎ接ぎで。。。。。。。。命綱みたいなものだから、非常に大切に扱われたんやろな。。。。。。愛でるって意味ではなく。


 この程度のジャケットだと本来はインナーでしかない。。。。。。。。


 これで帰れる者も居たのか・・・・・・・

 http://www.geocities.jp/shougen60/shougen-list/m-T15-7.html



http://www.geocities.jp/shougen60/shiryo/siberia-yokuryu.html




 そらそうやなぁ。。。。。。。




 引き揚げ船の模型が沢山。


 http://www.geocities.jp/k_saito_site/hikiagesen1.html


 http://w01.tp1.jp/~a021223941/hikiagmemory2.html


 全て寄贈されたものなんやなぁ。。。。。。






興安丸

昭和11年 3月14日 三菱重工業㈱長崎造船所で起工
昭和11年10月 2日 同造船所で進水、鉄道省所有
昭和12年 1月31日 関釜連絡船として就航
昭和20年 4月 1日 山口県蓋井付近で触雷、航行不能
               往航は在日韓国人の帰国輸送、復航は日本人の引揚輸送に従事
昭和25年 3月18日 朝鮮郵船(後の東京郵船)に払下げ
昭和25年 8月  日 朝鮮動乱により国連軍に傭船され兵士や傷病兵を輸送
昭和28年 3月23日 中国引揚再開、帰国第一船として舞鶴入港
昭和28年11月30日 ソ連引揚再開、帰国第一船として舞鶴入港
昭和31年12月26日 シベリヤ抑留者の最終梯団を乗せて舞鶴入港
昭和32年 8月  日 東洋郵船に譲渡、東京湾周遊船として人気を博す
昭和35年  月  日 ベトナム引揚に従事
昭和45年10月  日 広島県三原市木原町沖にて解体

 


 半生を引揚に捧げた船か。。。。。。


 入り口のところに同じものが吊ってある。ただしそちらはレプリカなんやねぇ。


高砂丸


 戦前の神戸~基隆線で最大、最高速を誇った客船・・・・・・海軍病院船の任務に就き戦没を免れて復員兵士、引揚者輸送に活躍した。。。。。。。
 


 ブレててもうしわけ御座いません。。。。。。


 引揚げ者の父と呼ばれた興安丸の船長から・・・・・・・

 http://home.r07.itscom.net/miyazaki/anastasia/050925.html


 素晴らしい船長さんやったんやなぁ。。。。


 『クロ物語』っていう本にもなってるみたい。




0 件のコメント:

コメントを投稿