2013年2月11日月曜日

舞鶴引揚記念館#5




 収容所での食事・・・・・・・・こんなもので人間が強制労働を伴いながら生きられるものなのか・・・・・・・・・命を支えたのは生命力と生への執念だけ。。。。。。。


 朝食・・・・・・繁華街の野良猫のほうがいいもの食ってる。


 昼食・・・・・・


 夕食。

 話にならん・・・・・・・・・・




 なんと。。。。。。

 あんな食糧事情で、しかも強制労働を強いられながらも日誌を綴る・・・・・・・



 白樺の皮を剥ぐ作業、すすを集める労力、缶詰の空き缶でペンを作るのに費やす時間。

 とてもじゃないけどそんなことができる余裕があるようには感じられない。。。。。


 余裕がないからこそこういうものが生まれるんやろなぁ。

 ギリギリいっぱいいっぱいの者は・・・・・・魂を揺さぶるものを創り出す。


 シベリヤ抑留記

 http://www.asahi-net.or.jp/~id1m-ssk/




 絶対に記録してやるっていう執念を感じる。


 同胞の死の記録・・・・・

 辛かったやろけど、これがせめてもの弔いやったんやと思う。

 


 右端に漢字で書かれた御札が・・・・・・・・


 記録して、靴の中に隠して・・・・・・・


 きちんと表紙まで作ってある。。。。。。装飾的というよりは記録の保護の為やろな。。。。。


 シベリヤからの手紙は万金にも値したやろなぁ。


 よく残ってるというより、こういうものは必然的に残るんやなぁ。



 ・・・・・・・・・・・・・・・




3 件のコメント:

  1. ご無沙汰してます。
    私の父が、幼少期を満州で過ごし、敗戦と同時に引き上げてきたという話を、この正月に初めてしてくれました。
    今まで、(おそらく)父親は「思い出したくない」という気持ちが強かったが故に、一度もこんな話をした事はありませんでした。
    それほど戦争とは残酷なものだと改めて感じさせられました。
    すみません、つい書き込ませていただきました。

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  2. ちなみに、私の父の手元には何一つ当時のものは残っていません。
    引き上げの時にすべてが散逸し、何もかも無くなってしまったそうです。

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  3. Osugi様
    ご無沙汰しております。
    私の祖父も満州からの引き揚げ組でありました。
    仔細な話はきいたことがありませんが、少しばかりの文章で記録は残しております。
    いろいろな意味で思い出したくない側面があることと思いますが、だからこそこのような形で史実を伝え継ぐ施設の重要性、そして展示物として文章や物品を提供する持ち主様の勇気を痛感しておる次第で御座います。

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